大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 昭和31年(行)19号 判決 1958年5月08日

原告 原田擢実

被告 青森県知事

主文

被告知事が、昭和三一年一〇月二三日、青森県北津軽郡金木町大字中柏木字不動野一番田四反七畝六歩につきなした賃貸借契約解除を許可しない旨の処分を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二原告の請求の原因

(一)  青森県北津軽郡金木町大字中柏木字不動野一番田四反七畝六歩(実測約六反。以下「本件農地」という。)は、原告の所有に属するものである。

(二)  原告は、昭和二四年一月一日、訴外成田運次郎に対し、本件農地を、期間五ケ年、賃料年額金三六七円とし毎年一二月三一日までに支払う旨の約定で賃貸し、以来右訴外人においてこれを耕作している。

(三)  しかるところ、右成田は、賃借人として、以下述べるような信義に反した行為をした。すなわち、

(イ)  原告は、本件農地の治水防風に役立てるため、その南方に隣接する大字中柏木字鎧石三七四番の一七号、同番の二〇号、その北方に隣接する同番三五号、同番四三号(以上四筆いずれも原野)の各地上に群生する雑立木を育成していたのであるが、前記成田は、昭和二五年中、ほしいままに右一七号原野(ただし西端の一部を除く。)および二〇号原野(ただし東端の一部を除く。)の雑立木を伐採したので、原告においてその不法を責め爾後再びかかる不法行為をなさざるよう警告した。

しかるに、成田は、これに対し損害の賠償をするのはおろか、何ら謝罪の意を表しないのみでなく、再び昭和二七年中前記三五号原野および四三号原野の雑立木を盗伐するにいたつた。しかも、成田は、右盗伐にかかる雑木は、他に売却したり知人に与えたりし、そのため、原告は、多額の損害をこうむつた。ここにおいて原告も再度にわたる成田の不法行為を黙視するをえず、昭和二九年九月所轄検察庁に森林法違反として告訴し、その結果、成田は翌三〇年九月一六日五所川原簡易裁判所において略式命令により罰金三、〇〇〇円の刑に処せられ、右略式命令は確定した。

(ロ)  そこで、原告は、右(イ)の不信行為ありたることおよび自己において耕作するのを相当とする事情あることを理由とし本件賃貸借の解約申入をなすべく、昭和二八年三月二三日被告知事に対する許可申請書を当時の嘉瀬村農業委員会に提出したところ、成田は、同委員会と通謀し右申請書が適式の期間内に被告知事に進達されることを妨害したため、右許可申請は、昭和二九年二月四日、農地法施行規則第一四条の規定に違反するとの理由で却下されるにいたつた。

(ハ)  成田は、右許可申請却下の事実を知るや、そのころ道路上において、原告に対し、「貴様のような者をあましておくものか」「貴様のような者は何せだ。(何ができるものかの意)この馬鹿者」などと暴言を吐き、原告を罵倒した。

(ニ)  のみならず、成田は、特別の事情もないのに、本件農地に対する昭和二九年度、同三〇年度の小作料を滞納し、原告において再三請求するもその支払をしない(もつとも、後記のように、原告が、昭和三十一年七月二四日被告知事に対し本件賃貸借契約解除許可申請を提出し、これに基き青森県係官が現地において調査した際、成田に対し賃料滞納の事実を指摘して注意するや、成田は、はじめて驚き、同年一〇月一〇日昭和二九年度および同三〇年度分小作料として金五、八二六円を青森地方法務局五所川原支局に供託したものである。)。

(四)  以上のような次第で、本件農地の賃借人たる成田運次郎は信義に反した行為をしたことが明白であるから、原告は本件賃貸借を解除すべく、昭和三一年七月二四日嘉瀬村農業委員会を経由し、被告知事に対し、契約解除の許可申請をなしたところ、被告知事は、同年一〇月二三日附指令第六七七一号をもつて本件賃貸借の解除を許可しない旨の処分をなし、右指令書は、同月三一日原告に送付された。

(五)  しかしながら、本件農地の賃借人成田運次郎に信義違反の行為なしとする被告知事の不許可処分は、前述(三)の各事実に照し、明かに違法といわなければならないから、ここにその取消を求める。

(六)  なお、原告は、被告知事の右不許可処分に対し、昭和三一年一二月二四日農林大臣に訴願を提起したが、原告としては右訴願の裁決をまつことができない。元来、本件賃貸借契約解除の原因は昭和二五年にさかのぼるにかかわらず、原告の許可申請は、ひとたびは嘉瀬村農業委員会の過失によつて却下の憂目にあい、前記不許可処分をうけるまでにすでに六カ年の日時を空費した。このうえ訴願の結果をまつにおいては何程の日時を徒過するかはかり知れないのである(現に、訴願提起後三ケ月をはるかに経過した現在においても何らの結果を見ることができない。)。かくては、原告において、本件農地自作の時機を失し、これによつて生ずる損害は甚大である。よつて、訴願の裁決を経ないで本訴を提起した次第である。

第三被告の答弁および主張

(一)  原告主張事実中、(一)、(二)は認める。(三)の事実中、成田運次郎が、昭和二五年中および同二七年中原告主張の原野のその主張の範囲において雑木を伐採したこと、成田が原告主張のように処罰されたこと、原告が昭和二八年三月被告に対し解約申入の許可申請をしたが却下されたこと、成田が原告主張のように小作料を供託したことは認めるが、その余の事実は否認する。(四)および(六)の事実中、原告が、その主張のように本件賃貸借解除の許可申請をなし、これに対し被告において許可しない旨の処分をしたため、更に訴願を提起したことは認めるがその余の主張は争う。

(二)  本件農地の賃借人である成田運次郎が、隣接原野の雑木(しばである。)を伐採したのは、元来、本件農地が谷あいに位置し日当りがよくない上に隣接原野のしばが繁茂するにまかせるときはますます日蔭が多くなるからである。このような谷あいの水田において隣接原野の雑木を数間のはばで伐採する青森県下においてはもちろん他地方においても広く行われていることである。これは、水田に日蔭のできることおよび鳥、獣、虫等の害を防ぎ、もつて収穫の増大することを目的としているのである。従つて、かかる水田の売買においては、隣接原野もこれに附随して売買されることが多く、隣接原野は水田の附属物ともいうべきものである。現に、原告主張の原野がかつて部落有であつた時代においても、原告は、本件水田を所有するところから、右原野を自己所有地同様に管理してきたのである。このようにみてくると、本件農地の賃借人たる成田運次郎は、隣接原野についても使用権を有するものといつて差支ない。従つて、原告としては、成田が、右原野の雑木を伐採することを拒みえないのである。もつとも、採取した雑木の所有権が地主にあるか、小作人にあるかは、各地の慣行又は賃貸借の条件によると考えられるが、終戦前のように小作料が高額であつた時代においては、雑木のようなものについてとやかくいわれることがなく、通常小作人において自由に処分していたのである。終戦後は小作料が低廉になつたため本件のような紛議を生ずるにいたつたのである。しかしながら、仮に雑木の所有権が地主(原告)にあるとしても、前述のように地主としても伐採自体は拒むことができないのであるから、原告において成田に対し雑木の領得による損害賠償を請求するのは格別、賃貸借自体を解除することはできないといわなければならない。(なお、原告が成田を告訴したのは、本件農地取上に利用するためであり、同人に対する略式命令は原告主張のように確定したけれども、右に述べたところから明かなように森林盗伐の犯罪は成立しないものと考える。)。

(三)  次に、成田運次郎が、原告に対し、小作料を滞納した事実はない。すなわち、本件賃貸借契約は、原告主張のように期間五ケ年(昭和二八年一二月三一日まで)、小作料年額金三六七円年末払の定であつたが、適法な更新拒絶がなかつたので、更新され、引き続き成田において耕作してきたのである。そして、成田は、昭和二九年度分小作料として同年一一月ころ金三、〇〇〇円余りを次男富高をして持参せしめたが、原告は、受領を拒絶した。又、昭和三〇年度分小作料として同年一二月ころ金五、〇〇〇円を運次郎自身持参したが、原告は再びその受領を拒絶した。右両年度における本件農地の小作料の最高限は、従前の小作料の七倍すなわち金二、五六九円であるから、右弁済の提供は適法なものであつた。ついで、成田は、金木町嘉瀬地区農業委員会に対し、右小作料の支払を依頼し、同委員会においては昭和三〇年度分小作料として金五、二二〇円(この金額は、さきに成田が持参した金五、〇〇〇円にあわせるために、田の等級一〇等級、面積実測六反歩として算出したものである。)を昭和三一年二月ころ郵便為替で原告に送つたが、原告はこれを送り返してきた。成田は、やむをえないので、同年一〇月一〇日昭和二九年度分小作料金二、五六九円、同三〇年度小作料金三、二五七円(この金額は本件農地の正当の等級と認められる一三等級を基準とし、土地台帳による面積で算出したものである。)、合計金五、八二六円を供託するにいたつたのである。

第四証拠<省略>

理由

一、本件農地が原告の所有に属すること、原告が昭和二四年一月一日訴外成田運次郎に対し本件農地を期間五カ年賃料年額金三六七円とし毎年一二月三一日までに支払う旨の約定で賃貸し、以来右成田においてこれを耕作していること、原告が昭和三一年七月二四日嘉瀬村農業委員会を経由し被告知事に対し賃借人たる成田において信義に反した行為をしたことを理由とし本件賃貸借解除の許可申請をなしたところ、被告知事は同年一〇月二三日附指令第六七七一号をもつて右解除を許可しない旨の処分をなし、同月三一日右指令書が原告に送付されたこと、ついで原告は被告知事の右不許可処分に対し昭和三一年一二月二四日農林大臣に訴願を提起したが、その裁決をまつことなくして本訴提起におよんだものであること、以上の各事実は当事者間に争がない。

二、そこで、まず、本訴が適法であるかどうかについて判断するに、原告は前記訴願の裁決をまつにおいては本件農地自作の時機を失し甚大な損害を受ける虞があると主張するけれども、この点については何ら立証するところがない。しかしながら、訴願の裁決を経ることなく訴が提起された場合においても、当該訴訟の係属中に訴願の提起があつた日から三カ月を経過しなお訴願の裁決がない場合においては、右訴の不適法は右期間経過とともに治癒されると解すべきところ、原告が提起した前記訴願については、提起後三カ月を経過しても農林大臣において裁決をしなかつたことは弁論の全趣旨に徴し明かであるから、本訴における訴願裁決不経由の瑕疵はすでに治癒せられ適法な訴となつたものというべきである。

三、進んで本案について考える。原告は、賃借人たる成田において、本件農地に隣接する原野の立木を盗伐し、信義に反する行為をしたにかかわらず、被告知事が本件賃貸借契約の解除をなすにつき許可を与えなかつたのは違法であるから、右不許可処分の取消を求めると主張する。

本件農地の南方に隣接して大字中柏木字鎧石三七四番の一七号、同番二〇号各原野が、北方に隣接して同番三五号、同番四三号の各原野が存在すること、成田運次郎が昭和二五年中右一七号原野(ただし西端の一部を除く、)および二〇号原野(ただし東端の一部を除く。)の、同二七年中右三五号原野および四三号原野の各地上に群生していた雑立木を伐採取得したこと、原告が昭和二九年九月同訴外人を森林法違反のかどで告訴し、その結果同人は、昭和三〇年九月一六日五所川原簡易裁判所において略式命令により罰金三、〇〇〇円の刑に処せられ、右略式命令が確定したことは、当事者間に争がない。

成立に争ない甲第九、一〇号証、同第一五号証、同第二二号証に証人杉山金之丞の証言および弁論の全趣旨を綜合すれば、右原野四筆(面積合計約三反)は、もと大字中柏木の所有であつたが、昭和一〇年ころ原告の父薫次郎が買い受け、更に原告において昭和二〇年同人から贈与を受けた(ただし、移転登記は、昭和三一年七月大字中柏木から直接原告に対してなされた。)ものであること、成田運次郎は右原野が原告の所有であることはよく知つていたにかかわらず原告の了解を受けることなく昭和二五年中南方に隣接する原野の雑木(薪換算約五〇把)を伐採し原告の注意を受けたが、更に同二七年中北方に隣接する原野の雑木(薪換算約七〇把)を伐採したものであること、採取した雑木は自己において消費し又は親族に贈与したこと、その結果前記のように告訴されて処罰されるにいたつたことを認めるに充分である。被告は、本件農地のような谷あいの水田にあつては、日かげのできることや鳥獣等の害を防ぐため小作人において隣接する原野の雑木を伐採する権利を有すると主張する。なるほど、検証の結果によれば、本件農地は丘陵にはさまれ東西に細長く延びた水田で、前記各原野が北方および南方から斜面をなして本件農地に迫つており、しば、笹その他雑木が自生し、これを繁茂するにまかせるときは日照時間の短縮、水田の周辺における作業上の防害等若干の耕作上の不利益をまぬかれないことがうかがわれる(なお、証人成田光男、同成田運次郎は、野兎、虫鳥の害もある旨証言するが、右供述は採用できない。)。しかしながら、成立に争ない乙第一号証の一、二によつては成田運次郎が被告主張のような伐採権を有していたことを認めるに足らず、その他被告の主張を肯認するに足る証拠はない。かえつて、前記甲第一〇号証に証人杉山金之丞、同原田魁、同成田運次郎(第一、二回)、同成田光男(以上二名右借信しない部分を除く。)、同成田市作、同木立民五郎の各証言を綜合すれば、本件農地附近にはほかにも同様の状況下にある水田があり、小作人等は従来地主の承認をえた上で隣接原野の刈払をしており、地主もおおむねこれを拒まないが、小作人が権利として伐採することまでは認められておらず、本件農地も又同様であると認められる。してみると、成田運次郎が前記原野の雑木を伐採取得したのは原告に対する不法行為であるというほかはない。

ところで、農地法第二〇条の規定によると、賃借人が信義に反した行為をした場合においては、賃貸人は賃貸借契約を解除することができるとされている。しかして、ここにいわゆる信義に反した行為とは、右法条が一般の原則による解除権に制限を加える趣旨であるところからみて、通常の場合においては、解除の原因たるべき事実すなわち賃借人における契約上の義務の不履行をいうものと解すべきであろう。しかしながら、何ら契約上の義務の不履行と目すべきものが存しなくとも、賃貸人に対し賃借人が不法行為をしたような場合においては、その不法行為の性質態容によつては著しく両者の間の信頼関係が破壊され、およそ信義則を基調とする継続的債権関係の存続が期待できなくなるために、当該賃貸借契約を解除しうる場合が考えられるのであり、農地法第二〇条第二項第一号にいう賃借人が信義に反した行為をした場合とはこのような場合をも包含するものと解するのを相当とする。

このような見地から本件を見るに、成田運次郎の前記不法行為は、なるほど、本件賃貸借上の義務の不履行とはいえないけれども、前記認定のような諸事情ことに、(1)昭和二五年中南側原野を伐採して原告に問責されたにかかわらず、昭和二七年中再び原告に断りなく北側原野の伐採を敢行したこと、(2)採取した雑立木は勝手に処分してしまい、その損害を賠償しようとの誠意を全く見せていないこと(この点は、弁論の全趣旨からこれを認める。)、(3)耕作の妨害を除去するに必要な範囲を越えて伐採していること(ことに、日照に関係ない北側原野の伐採においてしかりである。)、(4)前記原野は本件農地とは一応別個の存在ではあるが、事実上密接な関連を有していること等の事実を考慮すると、これによつて賃貸借当事者間の信頼関係を著しく破壊したものというべきであつて、前述したところにより、原告としては、右不法行為を理由とし、本件農地の賃貸借を解除しうべきである。してみると、右不法行為があつたことをもつて、農地法第二〇条にいわゆる賃借人が信義に反した行為をした場合にあたるというに何の妨げもない。

以上説明したとおりで、原告の主張は理由があるから、その余の争点について判断するまでもなく、被告知事が本件賃貸借契約の解除につき許可を与えなかつたのは違法であるといわなければならない。

四、よつて、本件不許可処分の取消を求める本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 飯沢源助 宮本聖司 右川亮平)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例